学校は安全であることが望まれる場所
学校とは本来、子供が勉強し、友達を作り、健やかにすごせるべき空間です。当然安全であることが望まれ、子供達を預かる教師は、安全を保証することを最も期待される立場にあります。子供達にとっても、学校生活の多くの時間を共に過ごす教師は、信頼に足るべき人でなければなりません。逆の発想をするなら、教師を選ぶことができない生徒にとって、自分と長い時間を共にする教師が「信用できない」または「不当なストレスを与える」存在であった場合、それは多大な負の影響を生徒の人生に与えることになります。
わいせつ行為を理由に166人の教師が処分される(2004年度】
さて、文部科学省の発表「わいせつ行為等に係る懲戒処分等の状況の推移」に依れば、2004年度の公立学校において「問題教師」として566人の教師が処分を受けました。このうち、「わいせつ行為」を理由とする処分は実に3割(166人)にのぼります。これはもちろん「表ざた」になった数に過ぎません。性的な被害は、公になるのを恐れる被害者が加害者を訴えることなく、その被害に苦しみながら学校生活が終わるのを過ごすことも多いからです。生徒と教師の関係性は(例外もあるかもしれませんが)そのほとんど全て、教師が圧倒的に優位であり、かつその様子は外部にさらされることの少ない閉鎖的なものです。極論するなら、教師は自分の性的な欲求のままに生徒達に接することも可能です。教職員の多くが、本来あるべき姿に応えようと日々の業務に就いているのは確かです。しかし、一部の不届きな教師がいるために、また良い先生と呼ばれている人も学校セクハラに対する認知が浅いために、起こってしまうことがあります。セクハラと確信しながら行為に至る教師は言語道断ですが、信頼ある先生が過失的にセクハラ問題を起こしてしまい「そんなつもりじゃなかった」と言ったところで、逃げ道のない弱い立場にある生徒は、当人にとっても社会にとっても本来であれば決して望まれることのない「傷」を心と身体に負うことになるのです。これは子供を守る場である学校において決して起こってはいけないことです。しかし、上記した「166人」というわいせつ行為により処分された教師の数字が示すように、教師による生徒へのセクハラが後を絶たないのが現状です。
学校セクハラを防ぐ、または被害を最小限に抑えるために
- 学校側は事件を回避・予防するための対策を、
- 教師自身は自分の何気ない言動がセクハラに当たってはいないかどうかの検証、
- 同僚教師への目配せ、
- また生徒側は自分や友人がそういった被害を合わないための注意、
- 不幸にも遭遇してしまった場合にとるべき行動を
すべきなのです。 こういった事件が一切起こらないということがもちろん理想です。しかし、そうなっていない以上、せめて自分と自分の周りにいる大切な人たちを守り、被害を広げないための努力をしなければいけない場面を出てくるはずです。
では「その時にどうしたらいい?」――
この問い・迷いに応えるためにこの情報サイトがあります。スクールセクハラに悩むあなたの力になれることを!